フンザで新婚旅行10日間
2009年8月 二神 慎之介
■ハネムーンはフンザに。
「新婚旅行でパキスタン?よく奥さんが承知しましたねぇ」今回の旅行へ出る前、僕は職場でよくそんな言葉をかけられた。どうやら新婚旅行といえば、南の島とかカジノ街だとか、リゾートだと相場が決まっているらしい。ところがフンザという旅の行き先は、夫である僕の主導で決めたわけではない。結婚の随分前から、彼女の夫になる人間はフンザに行くと決められていたようなものだったのだ。
8年ほど前のこと。ある日本人女性がフンザへと嫁入りする。国を越えて結ばれる二人を祝おうじゃないかと、酔狂な旅好き日本人の一団が、これまた海・山・国境を越え、はるばるフンザ・パスー村を訪れ、盛大な結婚式に参加した。その折にフンザの雄大な景色・村人たちの笑顔に魅了された酔狂団の一員、つまり僕の妻は「結婚したら、新婚旅行でまたここに来る」と決意していた、らしい。というわけで2009年、ようやくその思いが叶うぞと、かつてフンザで結婚式を挙げた新郎新婦アミンとたまみさん、つまりシルクロードキャラバン社に僕達の新婚旅行の手配をお願いすることになった。
■ギルギットから風の谷へ
ギルギットの空港で出迎えてくれたのは、アミンの腹心・シャフーと弟・カリーム。今回の旅は全て彼ら任せだ。彼らは英語はもちろん、日本語も堪能で、言葉の不安は無い。加えて柔らかい人当りの良さに、人見知りの僕も安堵した。彼らの駆るジープに乗って、町を出て、巨大な岩の谷間を進んでいく。そこで初めて見る山容の巨大さに僕は圧倒された。乾燥した岩壁が川の両岸に聳え立ち、遠くに雪を頂いた山々が青白く見える。まるで異星に降り立ったかのような光景だった。
カリマバードを経由してさらに標高を上げ、ドゥイケルへ。途中驚かされたのは、緑の瑞々しさ。乾燥した山肌の中に、氷河の溶け水が植物を育むオアシスが点在している。冷たい水で育てられたからだろうか、日本で見る新緑のような淡い緑の色は本当に美しい。標高が高いせいか、空気は乾燥はしていても埃っぽさは感じられず、澄んでいて心地よい。川が氷河の灰色に濁っているという部分を除けば、まさにアルプスと呼びたくなる風景。別天地だった。
■村々で出会った笑顔たち
ドゥイケルでの展望素晴らしいスイートルームや、カリマバードで開かれた夜のダンスパーティーなど、シルクロードキャラバン社の暖かい心遣いを堪能しつつ、アミンの故郷パスー村を目指して旅を続ける。ガイド二人は雑談で車中の僕らを楽しませてくれたり、景色のいい場所ではさりげなく身を引いて夫婦二人の時間を作ってくれたりと、気を遣ってくれる。「ハネムーンなんだから、ベッドはダブルだ。もっと大きなベッドはないのか」とホテルの支配人と交渉していたシャフーの後ろ姿は、今でも忘れられないささやかで暖かい光景だ。道中彼らが案内してくれたのは、グルミット、グルキンやカマリスなどの小さな村々。山に育ったからだろうか。フンザで出会う人々の印象は、人当りが良くて奥ゆかしいといった感じ。内気な日本人にとって、なじみやすい気風なのかもしれない。僕は大きな一眼レフカメラを持参していたのだけれど、子供たちはレンズを向けると、みんな弾ける様な笑顔で応えてくれた。髪の毛や肌の色も多彩で、金髪で青い目の少女が微笑んでいるのを見ると、ここは
本当にアジアかと、少し不思議な気分になってしまう。お年寄りはゆっくり、子供たちは溌剌と、言葉や視線のやり取りをする。人との触れ合いがこんなにも無垢で、楽しい所は、他にないだろうと思える。これもフンザの素晴らしい魅力のひとつだろう。
■パスー村で思ったこと
トポップダンは、絵にかいたようなシンメトリーの鋭い輪郭が空に映え、雄々しく美しい。旅の前から写真で見せられて、ずっと見てみたいと思っていた山だ。その山を見上げるようにして、パスー村はある。ようやく到着した旅の最終目的地に、僕らはその山を見上げながら、美しい木々の緑と、人々が積み上げた石レンガと、氷河の溶けた灰色の川に架かる橋と、じゃがいも畑の間をぶらぶらと歩きまわった。妻が8年前に写真を撮った同じ場所で記念撮影をし、子供たちと遊びまわり、ナウシカに出てくるオババそっくりの衣装をまとったお年寄りに挨拶をした。「いい場所だな」としみじみ思った。僕は下手な英語で村の人と言葉を交わしながら「冬はどんな世界なのだろう」「もっと山を上に登ればどんな景色が広がっているのだろう」とまだ見ぬフンザの表情を想像せずにはいられなかった。そして不思議な縁から、8年かかって辿り着いたこの村を、いつかまた再訪したいと強く思った。
この村に連れてきてくれた奇妙な人の繋がりを大切にしたい。シルクロードキャラバン社・シャフー・カリーム、それから8年前にフンザに集った旅人達、皆さんに感謝。
ありがとう。また、行きます。
*二神 慎之介さんのブログ
Vai Com Dues.旅の記憶、日々の風景とノラねこの写真たち
シルクロード・キャラバンより
私事になりますが私どもの結婚式に参加するためにフンザを訪れてくれた友人のT子さん。
8年後に新婚のご主人と、再びフンザを訪れてくれることになるとは思いませんでした。新婚旅行の地としてお選びいただくには、あまりにも秘境のフンザ・・・。
しかしながらご主人の慎之介
さんは、フンザを訪れるには充分の旅や探検のキャリアがありました。知床や沖縄の八重山諸島に、あるいはインドやネパールに、ひとり深く分け入って旅や探検をして来た彼は、婚約中の彼女が語るフンザを、
人生の門出の地としてためらいなく選んでくれたのでしょう。
ヨーロッパ観光やハワイ・リゾートなどとはおよそかけ離れた新婚旅行の地ですが、お迎えする弊社としても大いに新婚旅行を意識してしまい、スイートルームを予約したり、一般ツアーではお連れしないレストランにお連れしようか、などいろいろ悩みました。 実に楽しい悩みです。何より私どもが気になったのは、サービス過剰なガイドたちがふたりの時間を邪魔し過ぎないように、という点で、この部分を何度も申し渡したりしました。
ご職業がライターである慎之介さんは、同時にまた素敵な写真を撮る方でした。
その後、フンザと慎之介さんの縁は、弊社からの小さなご紹介がキッカケで、大きなお仕事としても発展し、2013年公開の宮本輝さん原作、東映映画『草原の椅子』(成島出監督)の劇中で、重要な
小道具の役割を果たす”フンザの写真集~祝福の谷”を製作される写真家として抜擢されることになられます。
(ということで感想文の文末にある通り、2012年に再訪してくれた慎之介さんでした!)
二神 慎之介さんのブログ パキスタン・ネタは、こちら
⇒ Vai com Dues
いろいろなことを感じていただく新婚旅行となり、弊社一同、心より嬉しく思いました。
フンザは、言わずと知れた”長寿の里”。映画公開に際し、弊社が加筆修正した現在、おふたりは北海道で幸せに暮らしていらっしゃいます。慎之介さんは存分に写真と文章を紡ぐ生活をしていらっしゃるご様子。~おふたりに共に白髪が生えるまで~
笑顔が最高に可愛いT子さんと、末永く仲良くお幸せに人生を歩まれることを願ってやみません!(★2013年2月に加筆修正しました★)